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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)905号 判決 1969年8月30日

控訴人(付帯被控訴人。以下単に控訴人という) 千葉県

右代表者知事 友納武人

右訴訟代理人弁護士 秋山博

忽那寛

被控訴人(付帯控訴人。以下単に被控訴人という) 板倉岩雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 坂根徳博

椎原国隆

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

被控訴人らの付帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、(本件事故の発生)

昭和四〇年一〇月一九日午前三時一〇分頃、千葉県市川市二俣町七三二番地先通称京葉有料道路(以下、本件道路という)において、紀光運転の甲車と道路縁側通行帯(第一通行帯)に駐車中の丁車とが衝突して紀光が即死した事実は当事者間に争いがない。よって、右衝突の経過について検討する。≪証拠省略≫を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  事故現場の状況

事故現場は、自動車専用道路である本件道路の原木インターチェンジから千葉方面へ約九〇〇メートル隔った地点(下り線)であり、付近の状況は、巾員一五メートル、片側二車線のコンクリート舗装道路で、東京方面へ一〇〇〇メートル以上千葉方面へ二〇〇メートル以上の間隔は直線で平担である。道路中央には白線の道路標示及びチャッターバーを並べた分離帯が設けられており上下線とも車両通行帯の境界線が白線で明示されている。周辺は殆んど水田であって人家がまばらに点在する程度で路上を照らす街灯は存在しない。本件道路の最高制限速度は高速車が時速七〇粁、中速車が時速六〇粁、低速車が時速五〇粁と指定されている。

(二)  当夜の状況

1  概括的状況

当夜の午前三時頃は、曇天で月明も街灯もなかったので現場は暗かったが真の暗闇という程ではなかった。車両の通行量はまばらで、いずれも時速八、九〇粁の高速で走行していた。本件事故発生直前の午前一時四〇分頃、本件事故現場から約一〇〇メートル東京寄りの地点で丁車とリヤカーを曳いた自転車との衝突事故が発生し、乙、丙車はその実況見分を担当する警察官が乗って来ていたものであるが本件事故発生時には既にその実況見分を終了し、セーフテイコンを片づけ、帰署しようと関係者一同が乙、丙、丁車にそれぞれ乗車し了った時であって、交通規制も解除され、交通状況は正常に復していた。

2  丁車の状況

丁車は下り線の第一通行帯内の、道路縁から車体の左外側まで〇、八メートルの位置に千葉方面を向いて駐車していた。丁車の巾は一・六九五メートルで右外側は道路縁から二・四九五メートル(通行帯の境界線まで一・二四五メートル)離れていた。前事故の実況見分終了後船橋警察署に赴くため鹿島昌蔵巡査が運転席に、大和地恒夫(前事故車の助手)が助手席にそれぞれ乗車し、発進のため鹿島巡査がエンジンキーを捜して身をかがめているとき丁車の後部に甲車が衝突したのであるが丁車の尾灯は点灯されていた。丁車は追突された衝撃によって約一二一メートル下り線を千葉方面に向けて走り道路縁のガードレールに衝突して停車した。

3  甲車の状況

紀光は甲車を運転して東京方面から千葉方面に向けて下り線を時速約一〇〇キロメートルで進行し衝突前は第一通行帯か第二通行帯かは必ずしも明らかでないが衝突時には第一通行帯を走行していた。そして、第一通行帯の道路縁近くに駐車していた丁車の後部真後ろに衝突し火を吹きながら右手に鋭く斜行し、約七二メートル走った後上り線の中央辺に停車したのである。現場には甲車がブレーキをかけたと認められるようなスリップ痕は見当らなかった。なお、紀光は前日勤務先の日本大学付属病院におけるインターン生としての勤務(勤務時間午前九時から午後五時まで)を中止して午後四時頃一旦船橋市内の自宅に帰り、夕食後甲車を運転して東京都内の友人方に遊びに行っての帰途本件事故が惹起したのであって、当時同人は相当疲労ないし睡眠不足をしていたものである。

4  乙車の状況

乙車は前事故の実況見分終了当時には丁車から千葉方面へ約二〇メートルの上り線第二通行帯に東京方面に向い駐車していたが、鈴木佐四郎巡査が運転席に、高島武男巡査が助手席にそれぞれ乗車し、前照灯を点灯し上り線左側道路縁一杯に寄った後ハンドルの切りかえを行って右折し、第二通行帯(上り線)に入りセンターライン近くまで進み、前灯で丁車付近を照射する位置に方向を転換しつつあった際に本件事故が発生したのである。

5  丙車の状況

丙車は丁車から東京方面へ約二〇メートルの上り線第一通行帯内に東京方面を向いて駐車していたが、前事故の実況見分終了後、秋葉昌吉巡査部長が運転席に、伊東博巡査が左側助手席に、荒木兵義巡査が運転席の後部座席に、福井康昭(前事故車の運転者)がその左側に乗車して東京方面に向けて発進し、一、二メートル進行した際に本件事故が発生したのであって当時、前照灯、赤ランプとも点灯されていた。

≪証拠判断省略≫

(三)  以上認定の諸事実を総合すると、甲車と丁車とが衝突するに至った経過は次のとおりであると推認するのが相当である。

すなわち、紀光は約一〇〇粁の高時速で下り線内を走行したが、前方注視義務を怠っていたため、本件事故の現場付近に至って始めて、乙車が前照灯で弧を描きながら上り線内を照射し、ハンドルの切りかえを行ないつつセンターラインに近づいてきたのに気づき、乙車がセンターラインを越えて下り線内に進入するものと即断し、これとの接触を避けようとして漫然甲車を道路の左側によせて進行したため丁車後部に衝突したものであって(その際、甲車を急停車して丁車との衝突を避けることは甲車の高速運転のため不可能であった)、本件事故は専ら紀光の速度違反と前方注視義務違反の運転によって惹起されたものであり、同人に右の違反がなかったならば本件事故の発生は十分避けられたものである。

二、以上説示のようにみてくると、本件事故は専ら紀光の甲車運転上の過失に起因するもので乙、丙、丁車の取扱いについて控訴人側の警察官には過失がなかったものというのほかはない。そうだとすれば、控訴人が本件事故によって発生した損害につき被控訴人らに賠償義務があるということはできないので被控訴人らの主張は爾余の争点について判断を加えるまでもなく排斥を免れないものとするのほかはない。

三、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は全部理由がなく、棄却を免れないので、これと判断を異にする原判決は被控訴人らの請求を認容した限度で取消を免れず、また、付帯控訴も理由がない。

よって、原判決中控訴人敗訴部分を取消して被控訴人らの請求を棄却し、被控訴人らの付帯控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 鈴木信次郎 石田実)

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